1960年に開催されたローマオリンピックで競技会場となった複合スポーツ施設。その起源はファシズム時代に遡る。当時はムッソリーニのフォーラムと呼ばれていた。
現在でも施設の入り口にはムッソリーニの
名が刻まれた巨大なオベリスクや、ファシズム時代のモザイクが床に残されている。
中でもスタディオ・オリンピコはサッカーセリエAの常駐チームであるASローマとラツィオのホームグランドになっており、ローマダービーが開催される日はローマでもっとも熱い場所。
最近では2009年の世界水泳選手権が記憶に新しい。
テヴェレ側にかかるドゥーカ・アオスタ橋を渡ると巨大なオベリスクに出迎えられる。
そこがフォロ・イタリコの入り口になる。
門を入ると床にはファシズム時代のモザイクが一面に広がる。
DVCE DVCE=DUCE DUCE 総統、総統、とはムッソリーニのこと。
ドキュメンタリーや映画の中にも見られる、腕を高く掲げる独特のポーズ。
正面にはスタディオ・オリンピコ
競技場に向かって右に、いかにもファシズム時代らしい競技場が見えてくる。