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アルコソリウム





アルコソリウム、arcosolium,arcosolio(伊)

 

墓碑の建築的な要素。

古代ローマでは初期キリスト教時代にカタコンベ(地下共同墓地)では壁にほこらのようにつくられた。

ルネッサンス、バロック期には、教皇などの墓碑は教会の中にニッチ(壁龕)につくられた。

 

下の写真は高速道を建設中に発掘されたノメンターナ街道の共同墓地のアルコソリウム。

テルミニ駅近くのローマ国立博物館に移設されているので、博物館を訪れる人はだれでもみることができる。

 

 

アルコソリウム,arcosolio

 

マルクス・アウレリウス





アウレリウス、マルクス Aurelius, Marcus

賢帝と呼ばれた哲学者であり歴史学者でもあるローマ皇帝。
カピトリーニ美術館のあるカンピドーリオ広場に手を高く上げて馬にまたがっているあの御仁。

イタリア語でMarco Aurelio、マルコ・アウレリオ

 

著書「自省録」など。ギリシャの哲学者の言葉が、ローマの歴史上登場した人物・出来事になぞらえて語られているので「事例付き」のような手軽に読める哲学書のようで、しかも本人が思いついたときにしたためた箇条書きなので、読みやすい。
そして日本語に訳されているおかげで。

アウレリアヌスの壁





 

古代ローマ末期の皇帝アウレリアヌスが北方からの蛮族からローマ防衛のために超突貫工事でつくった壁。

紀元271年から275年頃とされる。完成は次期皇帝プロブスの時代とされる。

既存の古代ローマ時代のピラミデ(カイウスの墓)やローマ水道橋などの遺跡を利用して、短期間でローマの街を壁で巡らせた。

周長およそ19kmで、現在残っている部分は12.5km程度。

ポポロ門(当時フラミニア門)、サン・セバスティアーノ門、ラティーナ門などはこのアウレリアヌスの壁に開けられた門。

ローマ時代の遺跡でも栄華を誇る遺跡というよりは、弱体化していったローマを今日に伝える遺跡。

現代ではローマ市が、便宜上、ローマの街の中心として境にしている。

空の玄関口、フィウミチーノ空港と市街間のタクシーの均一料金を決める基準にもなっている。

間違えやすいのは、皇帝アウレリウス。こちらはまだローマが栄えていた頃の皇帝で、哲学者でもあり賢帝としても知られる。

カピトリーニ美術館のあるカンピドーリオ広場に馬で馬にまたがっているのは、皇帝アウレリウスの方。

 

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アッピア旧街道の起点、ポルタ・サン・セバスティアーノの近くのアウレリアヌスの壁。

壁博物館に入ると壁の中を歩くことができる。

 

王制時代のローマの壁はセルウィウスの壁で、紀元前4世紀までさかのぼる。

現在はテルミニ駅周辺にわずかに遺構が見られる。

エスクイリーノの丘ではこの壁に開いた門が遺っている。

 

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